十牛図 9と10
こんにちは。
牛の話をしていますが、ひょんなことから先週から聖書の勉強を中国人の友人とともに、台湾人の先生から英語で受けています。(笑)
そして1か月くらい前より息子とやっている瞑想は、Isha Kriyaというインドのヨガというすべてミックスしている私。
真理はすべて同じだと思うので、なんでも出会うものは学んでいきたいと思っています。
さて、牛の話最終回、シェアしていきます。
9.返本還源 (本源に還る)
この絵では水が流れ、花は咲きほこり、鳥がさえずっている。
練習は空で終わるわけではなく、
空に身を任せていると、分離と孤独につながるかもしれない。
もう一つ先のステージになると、
自分自身を忘れて、すべてのものによって悟りを開くという世界に再度入ることになる。
すべての生命の根底にある相互依存を理解していて、
トーストを食べてかむと、穀物、新芽、大地、太陽、雨とつながり、トーストを作り出したすべての人の努力に感謝をする。
そよ風に揺れる葉を見ると、そよ風の中で一緒に揺れる。
私たちの人生は普通であっても違う角度で見ることができる。
すべてのものが真理と気づきを表現して、私たちに話しかけていることが解る。
もはや自分自身にしばられることはなく、世界に完全に開かれている。
恐怖はなく爽快に感じる。
世界と私たちは同一になる。
すべての練習は、目の前にあったものを理解するためのものだった。
10.入鄽垂手 (人の世に生きる)
この絵ではたくさん物が入った袋を持って、はだしで歩くボロボロの身なりの太鼓腹の男がいる。
最後の段階では、自由、知恵、思いやりを表している。そして、外見に邪魔されず、
高低の場所に自由に対応して、至るところに霊性を見出す。
瞑想と悟りによって、受動的ではなく能動的になる。
深く世界と繋がる。(世の苦しみを感じ、反応して助けたい。袋の中は喜び、思いやり、理解、愛情、親切、知恵そして巧みな方法に満ちている)
私たちは自然にほかの人に利があることを与える。
深く聞いて、出しゃばらずに観察し、適切に答える。
見返りを求めずに与える。
ほかの人より優れているというわけではなく、
他人を助けることは、自分自身を助けるようなもので、その機会を与えてくれたことに感謝している。
他人を愛するときには完全に受け入れることができ、
好きな人だけではなく、気難しくて不機嫌な人も助けることができる。
しかし、自分の考えを他人に押し付けることはなく、それほど真剣に受け止めてない。
集中力がさらに伸び、探求を深める。
最終的には師匠は自分になる。
9,10はかなりレベルが高くなりましたね。(笑)
もはや、想像でしかありませんが、
ここまでくると、毎日が充実し、リラックスし、楽しく過ごせていることは確実ですね。
自分のことばで、シェアできる日がおばあちゃんになったときできたらいいな、と感じています。
人生100年としたらもうすぐ半分。
まだまだ時間はあるかな(笑)
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
Have a great day!